FTMを自覚したきっかけと、自覚してから現在までの心境の変化

自覚したキッカケ

どうも、なぎです!

このブログを読んでくださっているセクシャルマイノリティの方には、どんなことであれ、そのことを自覚したきっかけがあると思います。

僕が「自分がLGBTの当事者であること/性同一性障害であること」を自覚したきっかけは、小学校4年生の頃にありました。

“なぎ”

当時はLGBTなどの専門用語は知らなかったので、感覚的に自覚した感じです。

そして、そのきっかけがあまり良いものではなかったので、自覚してから高校卒業までは自分が「LGBT当事者であること/性同一性障害であること」は、周囲に隠して生活してきました。

ですが、世の中(環境)が変わり、僕自身の心が成長した今だからこそ、性同一性障害を自覚してからの僕の人生について、向き合ってみたいと思ったんです。

ということで今回の記事では【僕がLGBT当事者であること/性同一性障害(FTM)であることを自覚したきっかけとその後の人生について】書いていきます!

“なぎ”

めちゃくちゃ個人的な内容になってしまうので申し訳ないのですが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。

性同一性障害を自覚したきっかけ

僕が、自分が「性同一性障害(FTM)だ」ということを自覚したのは、あの超有名な人気ドラマ「金八先生」のシーズン6をテレビで見ているときでした。

MEMO
「FTM」とは、生まれた体の性は女性/心は男性という性同一性障害の人ことです。

きっかけはドラマ「金八先生」

金八先生のシーズン6は2001年から放送されたのですが(当時の僕は9歳です)、そこで上戸彩さんが「鶴本 直」という性同一性障害(FTM)の役を演じられていたんです。

その役はなんていうか…。
一言では言い表せないのですが、本当にすごく壮絶で…。

参考
上戸彩さん演じる「鶴本 直」は、家族に理解されず、学校の同級生からはキチガイ扱いされ、声変わりをしていない自分が嫌で首にフォークを刺したり、周囲の環境も彼自身の心模様も、とにかく壮絶に描かれていました。

上戸彩さんの演技力が凄すぎたということも相まって、それを見ていた当時小学校4年生だった自分にはあまりにも衝撃的なドラマだったんですよね。

ですが、内容が衝撃的すぎてドラマを見た後は毎回呆然としていたにも関わらず、当時の僕は毎週欠かさず第一話〜最終話まで「金八先生シーズン6」を夢中で見ていました。

そして、その夢中で見ていた理由というのが、まさに僕が性同一性障害(FTM)自覚したきっかけになります。

「鶴本 直」と自分自身の重なり

当時、ドラマ「金八先生」見ていた僕は、上戸彩さん演ずる性同一性障害(FTM)の生徒「鶴本 直」と自分自身の心がまさに重なっていることに気付きました。

自分自身の心と重なっているから「鶴本 直」を見ていると自分を見ているような感覚に陥り、毎週欠かさず夢中で見ていたんですね。

「鶴本 直」と自分自身の心が同じだと感じたことこそが、僕が「自分は性同一性障害(FTM)なんだ」と自覚したきっかけになりました。

自覚してから湧いた感情

親や近所の方、友達などの周囲の人からも、金八先生が放送されるたびに「なぎも上戸彩さんの役と同じ病気なんじゃないか」と言われていました。

そして、それを言われる度に湧いてくる感情がありました。ズバリ「恐怖」です。

  • いじめられるんじゃないか
  • キチガイ扱いされるんじゃないか
  • 自分の喉をフォークで刺したいと思う時が来るのではないか

自分の人生も上戸彩さんが演じている役「鶴本 直」のような壮絶な人生になるのではないか…みたいな感じの恐怖心です。

“なぎ”

9歳だった当時の僕からすると、計り知れないほどの恐怖でした。

そして、その恐怖心から必死に「絶対に違う!!」と自分自身に嘘をついて言い聞かせるようになり、周りにも「違う!!」と言い張ってました。

今でこそ、LBGTが社会で受け入れられ性同一性障害についても理解されるようになってきましたが、15年前はそんなことなかったですからね…。

そんなこんなで、19歳になるまでは「絶対にバレたらいけない」と思っていましたし、周囲にカミングアウトもできないまま過ごしてきました。

隠すことをやめたきっかけ

こうして僕は、周囲だけでなく自分自身も騙して「女の子」として覚悟を決めて生きていましたが、「もうこれ以上我慢できない!」と思ったきっかけがあります。

それが、高校を卒業して【制服(スカート)を着なくてよくなったこと】です。

僕にとっての「スカート」とは

そもそも、僕が「女の子として生きなきゃいけない」と覚悟を決めたきっかけが、中学校の入学に伴う制服のスカートです。(自覚のきっかけはドラマ「金八先生」でしたが)

僕は、中学校に入学するまでスカートを履いたことがありませんでした。

なぜなら「スカートは(心が)女の子が履くもの」と思っていたからです。

そのスカートを、中学生になったらほぼ毎日履かなきゃいけないんです。

参考

正直、このことについては小学5年生の頃からどうにかできないかと毎日1人で対策を練っていたくらい、僕にとっては耐えがたい、本当に本当に屈辱的なことでした。

ですが、金八先生を見てから「性同一性障害は隠さなきゃいけない」と思っていたので周囲には相談できないですし、小学生が1人でどんなに考えても、どうにかできることではありません。

結局どうにもできないまま小学校を卒業し、「女の子として生きなきゃいけない」という覚悟を決めて中学校に入学し、そこから高校卒業まで、ほぼ毎日スカートで通学するようになりました。

僕にとっては屈辱的で耐えがたい苦痛だったそのスカートを、高校の卒業を機に履かなくても良くなったことで、今まで押し殺していた自分自身を抑えきれなくなったんです。

“なぎ”

今まで我慢していたものが溢れ出ましたね。

そこからは「自分らしく生きよう」と決めて、カウンセリングに通い性同一性障害の診断書を取得し、ホルモン注射による性同一性障害の治療も開始し、周囲にもカミングアウトするようになりました。

自分自身を認めてから…

僕は、FTMを自覚した9歳の頃から高校を卒業するまでの9年間「本当の自分」を否定してきました。

つまり、自分のことを自分が一番キライだったんですよね。

自分のことがキライだったので、当然自信もなかったですし、そんな自分を好きになってくれる人のことも本気で好きになることもできなかったですし、ひねくれ野郎でした。

“なぎ”

家族、特に親にはたくさん迷惑をかけてしまったのでめちゃくちゃ反省しています…。

ですが、性同一性障害であることを自分自身が受け入れられるようになった時、自分の心にも余裕ができましたし、本気で人を愛すこともできましたし、疎遠だった家族ともめちゃくちゃ仲良くなりました。

もちろん環境や周囲の状況は人によって異なりますが、僕の場合は、自分を受け入れた瞬間に人生が変わったんです。

僕は幸運なことにFTMを自覚するきっかけがあり、考える時間があり、自分自身を受け入れることができ、自分を受け入れてくれる環境が周囲にあり、「自分らしい人生」を手に入れることができました。

本当に恵まれているね…。

“ねこさん”

自分の人生は他の誰のものでもありません。
自分の人生は自分のものです。

それでは、より多くの方が「自分らしい人生」を手に入れられることを祈っています!最後までご覧いただきありがとうございました!

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